酒粕マッサージ

伝説の治療家小山田秀雄先生の酒マッサージを長年の臨床をもとに進化させた芳原指圧治療院の独自療法

芳原指圧治療院 酒粕マッサージ(忍者マッサージ)

古くは忍者たちが活用していた
日本古来の究極治療奥義

私、芳原雅司、芳原指圧は何たるかを説明するには、はじめに【右近先生】の治療についてお話しなければなりません。
私の師である【右近先生】のルーツは日本酒を用いた酒マッサージで多くの患者様を救った伝説の治療家の小山田秀雄先生。

小山田先生は明治37年生まれで19歳の時に、陸軍中野学校で特別な訓練を受け特務機関媒報部員、(スパイ)となりました。その後、中国大陸に潜入し捕らわれてしまいます。

拷問を受けた体は傷つき、処刑の前夜、看守が欲しいものを尋ねた際、小山田先生は一杯の日本酒を所望しました。
小山田先生は、日本酒を飲むのではなく、陸軍中野学校で教わった酒マッサージで自分の体を一晩で治します。
動くようになった体で、朝食を運んできた看守に当身を入れ脱出したのです。

自ら傷ついた身体を一晩で治した
究極マッサージ治療

その後、終戦を迎え、小山田先生は日本中を転々としながら治療家として活躍します。その時、名古屋で小山田先生のお世話をしていたのが右近先生のお父様でした。
右近先生のお父様は、愛知県の春日井で鉄工所をされていましたが、皆の為に、小山田先生を招いて酒マッサージの治療をしてもらっていたのです。右近先生は小学生の頃から、小山田先生の助手をしながら治療を覚えました。
その為、20代で千代田治療院を開業以来、アントニオ猪木さんをはじめ多くのプロレスラーや患者さんを治療することが出来たのです。

私と右近先生との出会いは、中和医療専門学校でした。週1回の講師として授業をされていたのです。私は、高校、大学、実業団とレスリング選手として過ごしていたこともあり、右近先生の指圧を覚えたいと思いました。右近先生も、レスリングをやっていた私を面白く思ったのか、すぐに弟子にしてくれました。全てを打ち込むつもりで約7年間、行住座臥指圧修業を続けました。
その間、女子レスリング・オリンピック金メダルで国民栄誉賞の吉田沙保里選手をはじめ、伊調馨選手、小原日登美選手、伊調千春選手の所属する中京女子大学レスリング部のトレーナーを務めたり、新日本プロレス闘魂ジムコーチ、中日ドラゴンズ沖縄キャンプトレーナーといった経験を通しながら、右近先生の治療を学びました。

他の弟子たちとともに
一流アスリートをバックアップ

右近先生の弟子達は、中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツ、東北楽天ゴールデンイーグルス、メジャーリーグ、新日本プロレス、リングス、女子ソフトボール、大相撲のトレーナーとして活躍しています。

私の同期で、名古屋の塚本治療院、塚本統久先生は、宝塚歌劇団、劇団四季など芸能方面のトレーナーとしても活躍しています。

ライオンが全力で相手を倒す様に治療するんだ

右近先生はよく「ライオンが全力で相手を倒す様に治療するんだ。」とおっしゃっていました。つまり、治療家として全力を尽くせ。という事だと思います。
また、「芳原、お前は東に行っても西に行っても大丈夫だ。」とも言って下さいました。

若くして亡くなった師の言葉は私の支えです。
私はこれからも天才治療家の弟子として全力で指圧の真髄を極める様、努力していきたいと思います。

武術家の間で広まる忍者マッサージ

小山田秀雄先生は陸軍中野学校で酒マッサージを教わっていますが、陸軍中野学校で教官をされていたのが藤田西湖氏、(甲賀流忍術14世)。藤田西湖氏は忍術で培った能力や技術を駆使し実際に諜報活動(スパイ)に従事したことから「最後の忍者」と呼ばれています。

この藤田西湖氏は合気道の名人である塩田剛三先生との交流があり、塩田剛三先生を訪ねてきた当時の道場の様子を知る合気道関係者の方が芳原指圧の酒マッサージと藤田西湖氏の技術の共通点を指摘したことがきっかけとなり、武術家の間で酒マッサージが忍者マッサージとして噂になったようです。